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各国において開発されたものは

第二次世界大戦中を含め、各国において開発されたものは巡航戦車、歩兵戦車、多砲塔戦車、豆戦車、軽戦車、中戦車、重戦車など多岐にわたった。これは戦車の運用に対する様々な戦術が新たに研究・提案された結果ではあったが、その多くは一長一短があり、最終的には武装・装甲・機動力でバランスの取れた主力戦車(MBT)としてほぼ統一されることとなるのは第二次世界大戦後である。第二次世界大戦では、戦術的に、戦車を中心に、それを支援する歩兵、砲兵など諸兵科を統合編成された機甲師団がその威力を証明し、戦車は陸戦における主力兵器としての地位を確立する事となった。

なお、用途に応じた戦車として、偵察戦車、指揮戦車、駆逐戦車、火炎放射戦車、対空戦車、架橋戦車、回収戦車、水陸両用戦車、地雷処理戦車、空挺戦車などが存在する。これらの殆どは、既存の戦車の車体や走行装置を流用して製作された。

大戦後の戦車の開発には、東西の冷戦が大きく影響している。双方で主にヨーロッパにおける地上戦を想定した軍備拡張が行われ、その中心である戦車の能力は相手のそれを上回る事が必須条件であった。そのため、ソ連を中心とする東側諸国が新戦車を開発すると、その脅威に対抗すべく米欧の西側諸国も新戦車を開発するというサイクルが繰り返された。その結果、大きく下記の様に世代分類されている。米ソが直接交戦する事態こそ無かったものの、朝鮮、中東、ベトナムなどでの代理戦争において、双方の戦車が対峙する事となった。
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また西側の戦後第一世代の中戦車は90mm砲が主装備であり、火力・装甲共に不十分と考えられた事からコンカラーやM103などの重戦車が並行配備されていたが、あまりの重量によりまともに運用できず、その後センチュリオン用に開発されたL7・105mm砲が十分な火力を持っていたことから存在意義を失い、中戦車をベースに攻守のバランスが最適な現代型の主力戦車へと集約されていった。

イスラエルとアラブ諸国が争った中東戦争ではしばしば大規模な戦車戦が繰り広げられた。特に1973年10月に勃発した第四次中東戦争ではアラブ側・イスラエル側併せて延べ6,000輌の戦車が投入され、複数の西側製戦車(イギリス製センチュリオンとアメリカ製M48 / M60)とソ連製戦車(T-54 / T-55 / T-62)が正規戦を行った。これは第二次世界大戦のクルスク大戦車戦以来の規模となり、また対戦車ミサイルが初めて大規模に投入されて大きな脅威となった事から、以後の戦車開発に戦訓を与えた。

なお、東側諸国がソ連・ロシア製戦車の調達で統一されていたのに対して、西側においても開発費・調達費削減などの目的で競作や共同開発による戦車の共通化が幾度か試みられたが(レオパルド1とAMX-30の競作、MBT-70の共同開発など)、各国の戦術思想の違いや自国への利益誘導などによる仕様要求の不一致からいずれも失敗に終わっており、主砲などの装備レベルでのデファクト・スタンダードに留まっている。

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2009年05月29日 15:12に投稿されたエントリーのページです。

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